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基幹講座
動物生殖システム分野

尾田 正二 准教授 博士(理学)

Theme

放射線生物学・動物生理学

Keyword

メダカ、酸化ストレス、超音波、複雑系

Message

 今の研究分野に来て早18年、宇宙のメダカを調べるためにメダカのスケールで、メダカの時間でメダカの日常を観察した結果、メダカは私たちと同じように生きていることを知りました。メダカも遊びます。メダカも相互に個体識別しています。メダカはただ泳いで、餌を食べて、産卵して毎日を送っているのではありません。彼らは彼らなりに毎日を豊かに暮らしています。メダカを宇宙に連れて行こうとしてもう一つ大事なことを教わりました。メダカは日本の自然の一部です。生態系という大きな複雑で動的なシステムの部品です。私達人間はひとりひとりが自分で生きていると思い込んでいますが、間違っています。私達もメダカと同じように生態系の一部です。生命はそれ自体が複雑で動的なシステムです。動的なシステムが存在し続けるためには少しずつであろうとも改善し続けることが必要です。改悪するシステムは必ずいつか破綻して存在できなくなるからです。だから、複雑で動的なシステムである生命、生態系は良くなり続けるようにできています。そのようなシステムの部品である私たちは、システムが良くなるために存在しています。生命、生態系を複雑系の視点から理解できるようになりたいと考えています。

研究者紹介

 多くの生物学者・生命科学者の例にもれず、僕も昔から生き物が好きでした。特に海の生き物の多様な美しさや奇抜な形態に心を奪われ、どのようにして彼らが進化したのか、その原理を知りたいと思うようになりました。僕が大学院生だった平成の始めには、猫も杓子もMolecular Cloningを読み、分子生物学者でなければXXXXと言われた時代でした。受精に関連する分子が変化すれば生殖隔離が成立して種分化が進むはずと考え、大学院、獨協医科大学第1生理学教室、東京女子医科大学第2生理学教室に在籍した間を一貫して、受精を分子レベルで解明する研究に従事しました。2003年に自然メダカ集団のコレクションを系統維持している今の研究分野に異動しました。メダカOryzias latipesは第二次世界大戦前から受精の研究に使われてきた長い歴史を有する受精研究のエースモデルです。メダカの大きな種内多様性の中には受精関連分子の多様化があるはずです。その証拠をみつけるべく、精子と卵が受精した直後に卵内のカルシウム濃度を上昇させるPLCZという遺伝子を調べたのですが、予想に反してメダカのPLCZ は極めて強固に保存されていました。メダカは受精機構が多様化することを強く拒んでいるかのようです。
 しょうがないので研究分野の本流の研究テーマである放射線の生物影響の研究に合流しました。放射線に被ばくするとDNA2重らせんが切れます。細胞はそれをすごい勢いで直します。100%正確に直すことはできないので、低い確率で直し間違いをします(突然変異)。原初の単細胞生物は単相(n)だったはずで、単相では切れてしまったDNA2本鎖を元通りに直すことは出来ません。なので、適当に直します。よって、突然変異が蓄積します。害になる突然変異を除去するために、同じDNA2本鎖を持つ(同種の)他の単細胞生物と一度細胞融合してDNA2本鎖をお互いに相同組み換えし、その後分裂して単相(n)に戻ったのが受精と生殖の始まりと考えられます(それで、動物生殖システム分野なのにメダカの受精の研究ではなくメダカに放射線をあてています)。
 2007年頃より、JAXA(宇宙航空開発研究機構)と共同で国際宇宙ステーションでメダカを長期飼育して宇宙放射線の影響を調べる研究が始まりました。「健康なメダカ」を定義するために、試行錯誤のあげくメダカの動きをカメラで撮影してパソコンでトラッキングして定量化する手法に行き着きました。動物は動く物と書きます。動物は動いてなんぼ、なのです。問題なく動ける場合を健康といい、正常に動けない状態を健康でない=不健康との境地に至りました。動物の心身の状態はその動き・仕草に最も鋭敏かつ正確に反映される、との理解から、メダカの動きをビデオカメラで撮影し、その映像をパソコンで数値化し、メダカの振る舞いをメダカのスケールで、メダカの時間軸でまじまじ観察しました。そして、メダカの知られざる日々の生活を知ることとなりました。
 2011年3月、東日本大震災に伴う津波によって東京電力の福島第一原子力発電所が炉心溶融事故を起こし、東日本の広範囲が放射能に汚染しました。従来は放射線生物学が研究テーマとしては重きをおいてこなかった低線量・低線量率の放射線を慢性的に被ばくした場合の動物個体レベルでの影響の解明が急務となりました。私達もメダカに協力してもらい、100 mSv のガンマ線を1週間かけて照射したメダカの体内で起きる影響を組織学的に、行動を定量解析して、そしてトランスクリプトーム解析により解明を進めています。組織および行動への影響はみつかりませんでしたが、メダカの体内が抗酸化力不足になっている可能性が示唆されました。この研究は、福島原発の電気を使い放射線生物学に携わってきた者としての責務と考えています。
 原発事故後の放射能汚染では柏がホットスポットとして全国に報じられ、激しい風評被害によって柏の青果が全く売れなくなりました。そこで地元企業の方が野菜を洗うための超音波洗浄機を組み立てて、共同でいろいろな食材を超音波洗浄する研究を始めました。ホウレンソウなどの葉物を超音波洗浄すると元気になり、エチレンシグナルが抑制されて日持ちが伸びました。塩サバを超音波洗浄すると表面の酸化脂質が落ちてサバ本来の風味が回復しました。酸化した食物が不味いのは、それを食べると酸化ストレスを経口摂取してカラダの酸化-還元のバランスが酸化側に偏るから、できたら食べないで、とカラダが訴えているからです。この発見から、低線量・低線量率の放射線を慢性的に被ばくした時の抗酸化力不足を、新鮮な食べ物を食べることで改善できるに違いないと考えるに至りました。超音波洗浄で放射能もろとも汚れや酸化脂質を洗い落とし、食べるべき美味しい食べ物を食べて、健康で幸せな毎日を全てのHomo sapiens に送ってもらうのが僕の夢です。

  • 福井県敦賀市池河内での調査風景

  • メダカの卵の受精チェック

研究者略歴

1985年 岡山県立岡山芳泉高等学校 卒業
1989年 東京大学理学部生物学科(動物学課程)卒業
1991年 東京大学大学院理学系研究科動物学専攻修士課程 修了
1991年 獨協医科大学第一生理学教室 研究員
1994年 東京大学大学院理学系研究科動物学専攻博士課程 単位修得後満期退学
1994年 東京女子医科大学第ニ生理学教室 助手
1995年 東京大学博士(理学)
2003年 東京大学大学院新領域創成科学研究科先端生命科学専攻 講師
2008年 独立行政法人宇宙航空研究開発機構有人宇宙環境利用ミッション本部有人宇宙技術部宇宙医学生物学研究室 主任研究員
2010年 東京大学大学院新領域創成科学研究科先端生命科学専攻 准教授