基幹講座
細胞応答化学分野
研究者紹介
子供の頃から、ヒトの役に立つ研究者になりたいと考えていました。高校生の時に、「がん細胞がインターフェロンの作用で見事に死滅する」画像を見て、とても感動したことを昨日のことのように覚えています。東京大学 農学部 農芸化学科で、食品アレルギーに関係する研究に携わり、アレルギー反応を抑える液性因子(インターロイキンー10)を発見しました。学位取得後は、研究分野を神経再生へと転じ、米国の予防衛生研究所に留学をして神経の発生や再生を制御する液性因子に関しての研究を開始しました。この30歳のころから、アルツハイマー病の予防や治療に関わる研究を行いたいと考えていました。
新領域に来てからは、神経再生の仕組みを知るために成体の脳内(海馬)で例外的に神経細胞が発生する成体ニューロン新生に興味を持ち、その発生メカニズムについての研究を行いました。認知症のモデル動物(マウスやサル)では、疾病に伴いニューロンの分化は、一旦活発化するものの、周囲に起こる神経炎症により新生ニューロンの成熟が阻害されてしまい、結局は、ニューロン新生の程度が非常に低くなることがわかってきました。この際に生じる神経炎症を制御することによって、ニューロン新生の程度が回復することも見つけました。新生ニューロンの活動だけを特異的に抑えることができる特殊なマウスを用いて研究を行ったところ、逆転学習を含めた認知柔軟性機能が、特異的に障害を受けることを認めました。アルツハイマー病においては、かなり初期の段階から認知柔軟性が障害を受けていることが論じられていますが、この原因に海馬ニューロン新生低下の可能性があります。海馬ニューロン新生をモデル系にした、これらの研究結果をつなぎ合わせてみると、神経炎症が脳機能低下の主な要因であることが見えてきました。
アルツハイマー病において神経再生を誘導するためには、神経炎症を詳しく調べる必要が生じてきました。元来、神経系は免疫系と切り離されていると考えられてきたため、脳の中で免疫反応が起きているとは誰も想定をしていませんでした。脳の組織は脳血管関門という、細胞やたんぱく質を通さない血管システムによって守られていて、体の免疫システムの影響をほとんど受けないとされていました。しかし、脳の中にもマクロファージに類似したミクログリア細胞が存在をしていて、さらにはニューロンの働きを助ける星状グリア細胞(アストロサイト)も多くのサイトカインを分泌するなど、免疫系細胞に似た働きをしていることが知られていました。神経炎症とは、主に脳内のミクログリアとアストロサイトの連携によって行われている脳組織の中での免疫システム的な反応であると言えます。極近年になって、アルツハイマー病患者の脳内では、アミロイドβペプチドの蓄積が起点となって、神経炎症反応が亢進し、それによってニューロンの活動が阻害されることによって、認知機能が低下することが明らかにされてきています。ですから、神経炎症をうまくコントロールすることができれば、認知症において最大の問題となる認知機能の低下を食い止めることができるようになるのです。それでは、どうすれば神経炎症をうまく制御することができるようになるのでしょうか?現在、私たちの研究室で取り組んでいる最大の研究テーマになります。
研究者略歴
1983年 | 私立鹿児島ラ・サール高等学校 卒業 |
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1987年 | 東京大学 農学部 農芸化学科 卒業 |
1989年 | 東京大学 大学院農学系研究科 農芸化学専攻 修士課程 修了 |
1991年 | 日本学術振興会特別研究員DC2 |
1991年 | 東京大学 大学院農学系研究科 農芸化学専攻 博士課程 中途退学 |
1991年 | 東京大学 農学部助手 |
1993年 | 東京大学 博士(農学) |
1994年 | 日本学術振興会海外特別研究員(米国・国立予防衛生研究所) |
1996年 | 東京大学 大学院農学生命科学研究科 助手 |
1999年 | 東京大学大学院新領域創成科学研究科 助教授 |
2007年 | 東京大学大学院新領域創成科学研究科 准教授 |