基幹講座
医薬環境生理学分野
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大戸 梅治教授
OHTO Umeharu構造生物学
クライオ電子顕微鏡、X線結晶構造解析、免疫受容体、病原体認識、ウイルス
生体分子がはたらくしくみを「形」から理解する
我々の体は蛋白質、DNA、RNA、脂質などの生体分子から構成されています。あらゆる生命現象は、これらの分子のはたらきの結果生じています。我々の研究分野は構造生物学と呼ばれ、生体分子のはたらきをその三次元構造を明らかにすることで理解しようとする研究領域です。生物学において「形」と「機能」は密接に関係しています。そのため、構造を理解することは、分子のはたらきや生体内での役割を知るうえで極めて重要です。
百聞は一見に如かず
「百聞は一見に如かず」ということわざがあります。ある事象を理解するには、実際に見ることが効率的に理解するのに役立ちます。鍵と鍵穴を思い浮かべてください。鍵穴の形によって、開けられる鍵が決まります。鍵を作るには鍵穴の形を知る必要があります。これは、タンパク質(鍵穴)とそれに結合する薬剤(鍵)の関係に似ています。あるタンパク質のはたらきを阻害するような薬剤を作るには、タンパク質の形を知る必要があります(正確には必ずしも知る必要はないのですが、形を知ることで効率的に作ることができるようになります)。生体分子の間の相互作用はそれらの間にはたらく物理化学的な力によって支配されています。そのため、分子の形は他の分子との相互作用を決定づけ、分子がはたらくしくみに関しての洞察を与えてくれます。例えば、構造生物学により、酵素が反応を触媒するしくみ、ウイルスが細胞に侵入するしくみ、ワクチンによってできた抗体がはたらくしくみなどの生物学的な現象を理解することができます。
しかしながら、分子の形を観察することは簡単ではありません。肉眼で見ることは当然できないし、光学顕微鏡などでも観察することはできません。このような生体分子の形を観察するために、我々はX線結晶構造解析やクライオ電子顕微鏡構造解析といった方法を用いて研究を進めています。これらの手法は、分子を原子レベルに近い解像度で可視化することを可能にし、その機能や動態に関する貴重な情報を提供してくれます。
構造生物学の応用範囲は非常に広く、現代の生物学においてなくてはならないものになっています。あらゆる疾患に対する標的治療薬の設計を可能にすることで創薬を加速させています。例えば、COVID-19パンデミックの際には、構造生物学がワクチンの開発や阻害剤の開発に非常に大きな貢献を果たしました。また、高効率な酵素やこれまで存在しなかったような酵素の開発や、新たなバイオマテリアルの創出など、バイオテクノロジーの発展にも大きく貢献し、生物学の進展そのものを大きく加速させることができます。
近年では、高精度の立体構造予測も可能になってきています。従来の実験的に構造を決定する方法と組み合わせることで、非常に効率的に研究を進めることが可能となってきました。また、クライオ電子トモグラフィーという技術により、細胞中の小器官や分子の形を直接可視化することも可能になりつつあります。この分野は急速に進化しており、かつては不可能だったようなブレークスルーが次々と実現されつつあります。
見えないものを見る
構造生物学の最も魅力的な点は、「見えないものを見る」ということです。世界で初めて、ある分子の構造を見てその分子がどうはたらくかを理解する、これはまさに発見の瞬間で非常にエキサイティングな瞬間です。見えないものを見ようとする純粋な好奇心と、未知のものを探求したいという気持ちこそが、研究を進める原動力となります。構造生物学は生命の精緻な仕組みを分子レベルで解き明かすレンズとして、生物学と医学の理解を根本から変革する力を秘めていると信じています。
この分野は2025年度より新しく発足した分野です。「分子がはたらく姿を可視化する」をモットーに、生物学、医学的に重要な生命現象に関わる分子を研究対象にし、構造生物学的な手法を用いてそれらの分子機構の解明を目指します。一例として、免疫機構に関与する受容体やウイルス感染に関与するタンパク質の研究を進めています。ぜひエキサイティングな瞬間を共有できればと考えています。