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基幹講座
資源生物制御学分野
  • 鈴木 雅京准教授

    性差生物学・分子生物学・遺伝学・発生学

    性決定、性分化、性転換、性染色体、小分子RNA

多様な生物の性差形成メカニズムを解明し、その進化ダイナミクスの謎に迫る

 一般に、生物間で普遍的なプロセスに関わるメカニズムやその責任遺伝子には強固な保存性がみられます。モデル生物を用いて得られた知見が、我々ヒトを理解する上で役立つという発想も、この大前提の上に成り立っています。
 オスとメスに代表される「性」もあらゆる多細胞生物において普遍的にみられます。ところが、ヒトとショウジョウバエの性差形成機構はまったく異なります。そればかりか、性差形成機構は近縁種間においてさえ違いを示すことがわかってきました。性決定機構は「無意味な複雑さに満ち、信じがたいほどいい加減で、全くのところ常軌を逸した、個体の立場からすれば浪費以外の何ものでもないメカニズム」(Cosmides & Tooby, 1981)なのです。なぜ性差形成機構は驚異的な多様性を示すのか、この点を明らかにしない限り性の本質を理解することはできません。
 では、一体どれくらい多様な性差形成機構が自然界には存在するのでしょうか?多様な性差形成機構はどのような進化プロセスを辿ってきたのでしょうか?なぜ性差形成機構の進化速度は速いのでしょうか?性差形成機構の進化を駆動する要素は一体何なのでしょうか?
 これらの問いに答えることにより、性のもつ新たな生物学的意義を提示することができます。私達の研究分野では、細胞レベルから個体レベル、集団レベルに至る幅広い解析を実施することにより、この問いに挑みます。

【研究テーマ】

この問いに答えるため、私達の研究室では昆虫を調査の対象として研究を進めています。なぜなら昆虫は、地球上で最多種を誇る生物であり、多様性の宝庫だと言われているからです。私達の研究室では、モデル生物に固執せず、咀顎目から双翅目に至る様々な昆虫や節足動物を対象に多様な性差形成機構の包括的理解を目指します。
 また、昆虫は一般に個体サイズが小さく多産であり、ライフサイクルが短いことから、進化ダイナミクスを捉える上でも好都合な研究対象です。私達の研究室では、性決定遺伝子の機能に地域的な多型を示す昆虫種を見出し、性差形成機構の多様性がどのようなメカニズムで生み出されるのか、その謎に迫ります。
現在、進行中の研究テーマは以下です。

(1)宿主と共生細菌のせめぎ合いが生み出す性差形成機構の多様性

節足動物はボルバキアやスピロプラズマなどの共生細菌に感染しており、これらの共生細菌は宿主の性比をメスに偏らせます。しかも、ボルバキアは宿主の性決定遺伝子に直接作用し、性差形成機構を乗っ取ることもわかってきました。この乗っ取りに対抗するため、宿主側の性決定遺伝子には多様な変異がもたらされると想像できます。私達は、性決定遺伝子に機能的な差を示すマイマイガ地域集団を研究材料として、性決定遺伝子に見られる地域差が共生細菌に対する対抗措置として獲得された可能性を検証します。

(2)オスとメスのせめぎ合いが生み出す性差形成機構の多様性

オスとメスは子孫を残す上で共同関係にありながら、いかに自分(オスであればオス、メスであればメス)の遺伝子を優先して次世代に伝えるかという点で対立関係にあります。この対立がユニークな性差形成機構を生み出します。Paternal Genome Elimination(PGE)はメスの生殖価値を高める性差形成機構のひとつです。PGEを採用する種では、母親由来の何らかの因子が父方由来の全ゲノムの不活性化を誘導し、その結果オスが産まれます。父方ゲノムは不活性化されるだけでなく、精子形成の際に捨てられてしまいます。私達はチャタテムシを用いてPGEの分子機構の解明に挑みます。PGEの解明は、ゲノムインプリンティングに関わるエピゲノム修飾やそれに伴う遺伝子発現抑制機構の理解を深めます。
  • 当分野で飼育されているマイマイガの地域集団由来系統

  • 当分野で飼育されているチャタテムシ

(3)性差形成機構におけるミッシング・リンクの探索

哺乳類と昆虫の性差形成機構にほとんど共通点は見られません。鋏角類(クモ類)は系統発生的に哺乳類と昆虫の間に位置します。クモ類の発生学的特徴はどちらかというと脊椎動物に類似することもわかってきました。クモ類の性差形成機構の解明は、哺乳類と昆虫の性差形成機構を結ぶミッシング・リンクの発見につながる可能性があります。この点に着目し、私達はオオヒメグモを用いてクモ類の性差形成機構の解明を目指します。

(4)個体の性差はどこまでが細胞自律的に形成されるのか

哺乳類の性差は、血液を巡る性ホルモンの刺激によって形成されると言われていました。ところが最近の研究により、個々の細胞が自身のもつ性染色体に依存して自律的に性分化を遂げることもわかってきました。このような細胞自律的な性差形成機構は昆虫において広く認められます。では、個体の性差はどこまでが細胞自律的に形成されるのでしょうか?私達の研究分野ではオスとメスの細胞の混成体である雌雄モザイクカイコから細胞を分取し、1細胞シーケンス解析を行うことでこの謎を明らかにします。
  • オオヒメグモのメス成虫

  • 雌雄モザイクカイコ。黒色部分がメス、白色部分がオスの細胞から成る。

  • 雌雄モザイクカイコの脂肪体から単離した細胞

  • シングルセルシーケンス解析結果。赤色の点はメス由来細胞、青色の点はオス由来細胞、黄色の点は雌雄モザイク体由来細胞。