生命科学研究科 生命科学研究科 ― 東京大学大学院新領域創成科学研究科

平成14年度プレスクール論文賞論文

優秀賞: 池内 与志穂

課題: RNAとタンパク質の機能的な類似点、相違点について解説し、RNAからタンパク質への進化的な必然性について自分なりの意見を盛り込んで説明せよ。(構造生命工学分野)

: ほとんどのレポートがRNAとタンパク質の機能的な類似点、相違点についてはよく解説されていたが、RNA→タンパク質への必然性の部分が、独創的に書けているレポートはわずかであった。その中で池内君のレポートはモノマーの大きさと側鎖の性質という2つの点に着目し統計的なデータを使ってわかりやすく自分の意見を説明している。

(受賞レポート)

 一般的な高校の教科書をみると、RNAはメッセンジャー(m)RNA、転移(t)RNA、リボソーム(r)RNAの3つに分類されている。mRNAはDNAの塩基配列をもとにして転写され、タンパク質へと翻訳される過程で遺伝情報を伝える役目を担っている。また、翻訳の際にタンパク質の構成成分であるアミノ酸はmRNA上の塩基配列の情報を直接認識することができないので、代わりにtRNAがmRNA上の3塩基を1つの暗号として認識し、これに対応するアミノ酸をタンパク質合成に参加させる。つまり、tRNAは塩基配列とアミノ酸配列の橋渡しの役割を果たしている。また、翻訳の反応すなわちペプチド鎖の伸長反応はすべてリボソーム内で起こるが、リボソームのかなりの割合をrRNAが占めている。最近rRNAがペプチド鎖伸長反応の主要な部分を触媒していることが見出され、rRNAの機能を解明しようとする研究が活気付いている。  生体反応を触媒する物質として一般的に知られているのはタンパク質であるが、rRNAのようにRNAも生体反応を触媒することが分かっている。歴史的には、1981年に原生動物であるテトラヒメナのRNAが自己スプライシングする現象が発見された。この発見でCechらはRNAが生体反応を触媒する酵素の働きをもつことをはじめて見出し、リボザイムという概念を提唱した。また、最近では特異的なRNAを切断するリボザイムの設計が自由におこなえるようになり、遺伝子発現の制御などに応用されてきている。  したがって、生体反応の触媒であるという点でRNAとタンパク質は機能的に類似している側面を持っているといえる。このことは、太古の原始生命はDNAやタンパク質を持たず、RNAが遺伝情報の保存および伝達や生体反応の触媒をすべておこなっていたというRNAワールド仮説の根拠のひとつになっている。しかし、現在報告されている限りではRNAが触媒できる反応の種類はタンパク質に比べると圧倒的に少なく、RNAワールド仮説が正しいとするならば、太古に存在していたRNAの触媒としての機能は生物の進化の過程で淘汰され、タンパク質に譲渡されていったと考えるほかにない。すると、進化的な考え方からすれば、触媒としてタンパク質はRNAよりもすぐれていて、個体の生存に有利に働いたと考えなくてはならない。もしRNAがタンパク質よりも優秀な触媒であったら、RNAはタンパク質に役割を奪われることなく、今でも現役で働いているはずだからである。  触媒としてのタンパク質がRNAよりも優れていることの論証によく引き合いに出されるのは、それぞれの分子を構成するモノマーの種類の多さである。基本的にはタンパク質は20種類のアミノ酸からできているのに対し、RNAはA、G、C、Uの4つの塩基を持つヌクレオチドからできている。また、20種類のアミノ酸の側鎖は塩基性、酸性、疎水性、親水性などさまざまな性質であるのに対し、ヌクレオチドがもつ塩基は環の構造によってA、Gがプリン、C、Uがピリミジンと大別され、アミノ基やメチル基、ケトンなど多少の官能基に違いがあるだけである。この量的および質的な多様性の差によって、タンパク質はRNAよりも複雑な分子を作れるため、結果として触媒として優れているという考え方である。  しかし、私はこれだけでは不十分であると考える。なぜなら、上記の量的および質的な多様性が生み出す複雑さはあくまでも紙の上での話であり、あまりにも話を単純化しているからである。  むしろ私が注目したい点が2つある。1つ目は、それぞれの分子のモノマーの大きさである。RNAのモノマーであるヌクレオチドは五炭糖であるリボースとリン酸、塩基からなっている。これに対し、タンパク質のモノマーであるアミノ酸はα炭素にアミノ基、カルボキシル基、側鎖がついただけの単純なものである。重合した状態でのモノマーあたりの分子量を考えると、ヌクレオチドが305~344であるのに対し、アミノ酸は57~186とかなり小さい。また、それぞれの主鎖だけの分子量を考えると、RNAは1ヌクレオチドあたり炭素5個、酸素6個、水素7個、リン1個で分子量194であるのに対し、タンパク質は1アミノ酸あたり炭素2個、酸素1個、窒素1個、水素2個で分子量56と実に4分の1程度である。さらに重要なことは、モノマーあたりの長さは完全に伸びた状態でRNAでは約0.714nmであるのに対し、タンパク質では約0.361nmであり、約半分だということである。要するに、RNAはタンパク質に比べてモノマーあたりで考えるとかなり大きい。これは、一定の空間に存在できるモノマーの数が圧倒的にタンパク質の方がRNAよりも多いことを意味しており、単位空間においてタンパク質の方がRNAよりも複雑かつ多様な構造をとりうることを示唆している。これは、触媒として働くことを考えると、かなり有利なはずである。基質結合部位や触媒中心を多様に存在する基質に合わせて小さな空間に収めることができれば、触媒に参加する官能基の数が増加し、効率よく反応を触媒できたり、基質特異性を高めたりすることが可能になると考えられる。  2つ目は、主鎖の性質である。タンパク質の主鎖はペプチド結合であり、電荷を持たないが、RNAの主鎖はリン酸ジエステル結合であるため、負に帯電していて、親水性である。このことによってRNAには、かなりの機能的な制約が与えられると考えられる。たとえばタンパク質の一部は脂質二重層の内部に埋め込まれる形で存在して、レセプターやイオンチャネルなどとしてシグナル伝達や浸透圧調整などに重要な役割をしているが、RNAはリン酸ジエステル結合のために負電荷を持ち、親水性であるため、疎水的な環境である膜内に存在することができない。よって、RNAが膜タンパク質の代わりをすることはできないことになる。また、溶液中においても負電荷同士で反発するために、ほかの負電荷をもつ物質とは相互作用しにくいため、このような物質を基質にすることが難しい。  これらの要素を考えると、やはり触媒としてタンパク質の方がRNAよりも優れているように思えると同時に、RNAがすべての機能を担っている生物が果たしていたのかという疑念が持ち上がってくる。特に膜に存在できないということは細胞にとって恒常性の維持ができないことを意味しており、果たしてそれで生命活動がおこなえるのかどうかについてはかなり疑問が残る。結局昔のことは分からないというのが正直なところであるが、現存するRNA触媒であるリボソームRNAが、生命活動の根幹を担う翻訳反応の主役であり続けているという衝撃的な事実は、大きな謎であるとともにRNAワールド仮説の重大な証拠であるとも言えるであろう。リボソームに関する今後の研究がこの問題に何らかの解答を与えると私は考えている。

 

 

優秀賞: 小松 健

課題: 植物に外来遺伝子を発現させることにより有用な機能を持つ植物を作る戦略について、現在の技術の限界にとらわれず論ぜよ。(資源生物創成学分野)

: 本課題に対しては、いろいろな遺伝子を導入して新規な組換え植物を作出するさまざまなアイディアが寄せられたが、その多くはすでに知られているものであったり実現の可能性の低いものであった。本レポートは、新規な導入遺伝子を提案するものではないが、植物に単独の外来遺伝子を導入する現在の遺伝子組換え育種の限界と問題点を、伝統的育種と対比させつつ適切に論じており、外来遺伝子をウイルスベクターによりトランジェントに発現させる手法を補完的に用いることなど対処方法についても具体的に提案している点が評価される。

(受賞レポート)

 植物病理学の発展により、植物のバイオテクノロジーは大いなる発展を遂げた。組織培養や細胞融合技術の進歩には、植物のウイルスフリー化技術や耐病性育種の研究が大いに貢献した。さらに植物ウイルスの遺伝子を用いた植物発現ベクターの開発や、植物病原細菌であるアグロバクテリウムが自然界で植物に遺伝子導入を行っていることの発見は、いずれも植物病理学の貢献によるものであった。これらの技術の確立により、植物の遺伝子組換えが可能となったのであり、また、外来遺伝子を植物に組み込み発現させ、有用な機能を持つ植物の作出が可能となったのである。遺伝子組換え食品には消費者のアレルギーが強いものの、日持ちのする野菜や耐病性植物は実用段階に入っており、今後の研究と技術の発展が我々にもたらすであろう利益は計りしれないものがある。  しかし現在の遺伝子組換え技術が万能かと問われれば、「否」と答えるべきであろう。確かに、何十年という歳月をかけて行われる従来育種に比べ、有用な植物を比較的短時日で作出できるという利点はあるが、依然として改善の余地がある。そこで、今日の技術の問題点とその解決に向けた戦略を、従来育種の技術にも配慮しながら、現在の技術の限界にとらわれず論じてみることにする。

 育種には、「攻め」と「守り」があるという。有用植物の創成においてもそれは言えよう。つまり、収量やビタミン含量の増加など、植物の持つ生理的なレベルそのものを増進させる「攻め」の技術と、病害虫抵抗性や劣悪環境耐性など、植物の有用形質の発現レベルを低下させる要因を最小限にとどめる「守り」の技術が戦略として必要となる。これが有用植物の創成における戦略上の要点であり、そのバランスも重要である。  しかしここでは、別の視点から捉えた「攻め」と「守り」の戦略を提唱したい。すなわち、これまでの戦略を超えていく意味での「攻め」であり、従来の技術の問題点を補完し、克服していく意味での「守り」である。

 本論では、まず「守り」の戦略から考えてみる。現在の技術において改善の余地のある点の一つに、組換え植物に導入した遺伝子の機能発現における不安定さがある。従来の育種法では、何世代にもわたる交配と圃場試験の結果、ある程度不安定な環境下においても安定した収量や、耐病性を持った品種が開発されている。恐らく、その育種の過程においては、目的とする遺伝子(収量が多い、病気に強いなどの形質発現の最終段階に関わる遺伝子、あるいはその発現プロセスにおける重要な遺伝子)だけでなく、それらに深く関係し、安定した機能を発現するのに必須となる他の複数の遺伝子もともに選抜されていると考えられる。しかしアグロバクテリウムを用いて外来遺伝子を組み込む現在の組換え技術においては、あらかじめ戦略的に選ばれた一つあるいは数個の遺伝子のみを組み込むことが多い。しかし、植物個体の生存および遺伝子発現は環境に大きく影響される。そのためこれまでの遺伝子組換えの方法では、導入する遺伝子が単一あるいは数個のみでも動き、他の遺伝子や環境に大きく影響されないものであればよいが、そうでない場合、本来相互に関わっているはずの遺伝子をすべて組換えなければ、目的の遺伝子の機能が不安定になるのは避けられない。  この問題にはいくつかの対処法が考えられる。相互作用している遺伝子を別々に組込む方法や、従来の育種とドッキングさせる方法などがすぐに思いつく。これらの戦略は多少手間がかかるが、安定した有用な植物を作るのには重要であろう。植物の遺伝子に新たな機能を持つ遺伝子を組み込む前に、例えばウイルスベクターを用いてそれらを一過的に発現させるなどして、植物内の関連遺伝子がどのように発現するか、未知のもので関連している遺伝子はないか、等について詳細な解析を行うことが可能である。このような、一過的な外来遺伝子の発現による植物の他の遺伝子発現のプロフィールを調べる手段として、現在急速な勢いで進歩しているマイクロアレイのテクノロジーなどを用いるのも一案である。

 もう一つ、「守り」の戦略が対象とするものに、有用な機能を持つ新植物の、栽培する側にとっての使い勝手の改善が考えられる。  現在の遺伝子組換え植物は、例えば特定の除草剤に耐性の遺伝子を入れ、その除草剤とセットで使うことで効果があらわれる、といったものも多い。除草剤耐性の遺伝子が植物の基本的な性質を劇的に変えるというわけではないだろうが、消費者の不安を考えると、必要がないならば余計な遺伝子は組み込まれていないほうがいいというのが栽培する人間の本音であろう。それならばむしろ、病原性を除去した植物ウイルスベクターを開発し、必用な時に表現型を発現させられるようにしてはどうだろうか。このウイルスには拡散を防ぐために、その有用植物だけで特異的にウイルスが働けるような遺伝子を組み込んでおく。こういった宿主特異性を決めるウイルス側の因子についても研究が進んでおり、決して不可能な技術ではないだろう。

 次いで「攻め」の戦略について考えてみたい。これから述べる戦略は、従来の外来遺伝子を植物に戦略的に組み込んでゆく方法では、育種に限界があるのではないかという問題意識に基づいている。  育種では育種対象の遺伝的な多様性が必要であると言われる。これは遺伝子組換えをもちいたテクノロジーにもあてはまるのではないだろうか。植物以外に由来をもつ遺伝子を植物に組み込めるようになったものの、植物が本来持っていなかった遺伝子を持つことによるリスクや不安定性は否定できない。そういった意味で、「守り」の戦略でも述べたが、従来の育種法とミックスした方法をもっと考えていくべきであろう。  具体的には次のような方法が考えられる。転位因子を組み込んだアグロバクテリウムを感染させ、遺伝子に変異を起こさせ、その遺伝的多様性を人為的に高め、そこに導入したい有用遺伝子をもつアグロバクテリウムを重複感染させる。このことによって、遺伝的多様性をもった植物群から、目的の有用遺伝子をより安定して発現できる植物体を選抜できるかもしれない。組み込んだ転位因子にはタグをつけておき、必要なときには取り除けるようにしておく。    植物の遺伝子組換えは容易な技術となったが、従来の育種法を取り入れていかねば安全で高機能な植物の創成は望むべくもない。将来は本稿で論じたような遺伝子組換え法と従来の育種法をドッキングさせる戦略が必要とされていくと考える。

 

 

優秀賞: 須藤 真史

課題: 生体分子のキラリティ-の起源についてあなたの考えを述べなさい。(分子デザイン工学分野)

: 須藤君の論文は,生体分子のキラリティーの起源をキラルな場を有する金属錯体としている点がユニークであり,しかも説得力のある根拠も述べられている点が高く評価できる。しかし,キラルな金属錯体に関する具体的な考察が乏しく,本文中で本人が述べているように,最も重要なキラルな金属錯体の生成メカニズムをもう一歩踏み込んで議論してほしかった。

(受賞レポート)

 現存する生物界にはキラルな化合物が多く存在し,生体にとって重要な働きをしている。例えばDNAやRNAや蛋白質であり,これらが重要な役割をもっていることはいうまでもない。現在,生体におけるキラル制御は当然の営みになっている。それでは,生体分子のキラリティーの起源はどこにあるのだろうか。  私は,キラリティーの起源はキラルな場を有する金属錯体にあると考えている。以下にその理由を述べることにする。  原始地球の環境は非常に還元的なものであった。還元的な環境下で,先のキラリティーを有する化合物のうち,存在できるのは蛋白質のみである。これを裏付ける実験がある。 1953年にミラーによってなされた実験である。原始地球の大気成分と考えられているメタン,アンモニア,水,そして水素の中で1週間放電したところ,糖の生成は無く数種類のアミノ酸の生成を確認したというものである。DNAおよびRNAは骨格に糖を有していることから,原始地球の環境下には存在できなかったと考えられる。  蛋白質はL-アミノ酸から構成さている。どのようにすればモノマーであるキラルなアミノ酸のうちL体のみを重合させて蛋白質を形成させることができるであろうか。先のミラーの実験の反応条件を考えると,原始地球においてアミノ酸がL体のみしか合成されなかったとは考えにくい。現在,生物は転写・翻訳する際に酵素を用いているが,酵素自体が蛋白質であるので,これもキラリティーの起源とは考えられない。また,L体とD体のアミノ酸が混在する中で,何の機構もなくL体のみが選択的にポリアミドに取り込まれていき蛋白質を形成したとも考えにくい。アミノ酸を混合させただけではアミド結合自体形成されにくいという事実からも,キラリティー発現に際し何らかの化合物の寄与が必要であるといえる。  次になぜ金属錯体なのかである。それには,5つの根拠がある。  1つ目は,金属の存在量である。生命は海中で発生したと考えられている。海底であったところの地殻には現在多くの金属の酸化物がある。海中で,ストロマトライトが酸素を発生させる以前では,それらの金属の多くはイオンとして溶解していたはずである。つまり1922年にオパーリンが提唱したような,界面膜を有するコアセルベートの様な,生物の前段階的分子の集合体の周囲及び内部には金属が多く存在したはずである。2つ目は,キラルな化合物を配位子として持つ金属錯体はキラルな場を形成し,キラリティー選択的な反応の触媒になることが知られていることである。錯体の持つキラルな場を用いれば,ラセミ体からL-アミノ酸のみを選択的に反応させることも十分考えられる。3つ目は,金属(Fe、Zn、Cu)は電子供与性のアミノ基等を有する化合物と容易に錯体を形成することである。特にFe等の金属は錯体を形成し,イオンとして水中に安定に存在することが知られている。4つ目は,アミド結合の結合エネルギーが高いということである。つまりアミド結合は,形成されやすい結合であり,要求される触媒としての能力は酵素というよりルイス酸程度のそれほど高いものではないと考えられる。比較的に簡単な構造の触媒で十分に反応が進行するのである。以上の理由から,キラル制御がなされた段階で,金属は十分量存在しており,構造的に複雑ではないが,立体選択的にアミド結合を形成させるために十分なキラルな場を提供できる錯体を容易に形成可能であったといえる。最後に5つ目は,現在多くの生体内で,酵素としての役割を持つ蛋白質の中には金属錯体をその活性中心に持つものが多く存在し,光合成等の生体反応において,重要な役割を果たしていることである。これらは,キラリティーの起源となった金属錯体の発展した物と考えられはしないだろうか。  ここで,錯体触媒のキラリティーはどのように制御されていたのであろうかという問題が生じてくる。この点に関して様々考えたが,うまく説明できる機構が浮かばなかった。いまのところ,偶然選択的に一方のキラリティーをもつ錯体が形成されたとしかいえない。  しかし,特別な機構の無い状態で偶然に,アミド結合を形成する度にキラリティーを制御できる確率と,錯体のみのキラリティーを制御できる確率では,後者の方が圧倒的に高い。キラルな金属錯体こそが生体分子のキラリティーの起源ではないだろうか。