生命科学研究科 生命科学研究科 ― 東京大学大学院新領域創成科学研究科

平成15年度プレスクール論文賞論文

優秀賞: 金澤 祐子

課題: ハナカマキリの擬態を研究しようと考えたときに、どのような切り口で研究を行うかを明確にした上で、研究・実験のシミュレーションを行え。ただし、基本的には分子機構に迫るものとする。(遺伝システム革新学分野)

: レポート課題はハナカマキリというアプローチの難しい対象生物に対し、ある程度具体性をもった実験で現象に迫ることを要求しているので、その部分の完成度を第一条件と考えた。金沢さんのレポートはある程度想定された手法(逆に確実にできる)ではあるが、他の提出レポートに比べるとより具体的でなおかつreasonableな方法論で記述されている。また、色彩の発生ステージでの変化、近縁種からの分子進化学的アプローチなどについては、自分で参考資料などを調べる努力をしており、また、それに関しての研究の切り口も独創性が感じられたので、推薦します。

(受賞レポート)

 ハナカマキリを分子生物学的に研究する  生物が自然状態で生存する上では温度、降水量、湿度、日射量などの無生物的な環境が生物に及ぼす作用のほか、生物が互いに何らかの関係を及ぼし合う、相互作用が非常に大きな意味をもつ。その相互作用の代表的なものが食う-食われる(捕食-被食)の関係であり、生物はそのために多大な労力を裂いている。この関係には捕食者、被食者が存在し、そのどちらもが非常に高度な戦術をとっており、中でも心理戦ともいえる「だますーだまされる」という関係の存在は生物の柔軟性が生み出す興味深い現象であろう。ここで用いられる戦術のうち基本的なものとしては、気付かれないように近づき、「捕食する」または「被食を逃れる」ことであるが、生物の中にはよりその手段を洗練させているものもいる。その顕著な例が昆虫の擬態である。  擬態と一口に言ってもその内容は多種多様である。現在最も研究されているのはチョウであるが、擬態の特徴によりベイツ型、ミューラー型、ペッカム型などに分類されるほどその手法は多様だ。それらは主に羽の模様を変化させるものであるが、そうした表現型は数群の遺伝子によって複合要因的に表現されていることが示唆されている。

 そうした昆虫の擬態研究をふまえて、擬態の、ある意味において完成形とも言えるハナカマキリを用いて擬態を分子生物学的側面から解明することを目指すとした場合、まず重要なのは何によってその表現型が制御されているかを明らかにすることであろう。  ハナカマキリとして有名なものはランカマキリ(Hymenopus Coronatus)であるが、似た表現型を持つものとしてヒメハナカマキリ(Parhymenopus davidsoni)も花をモデルとしたミミックである。その特殊な形態を決定している要因とは何かを研究するため、その形態をとるまでの過程を進化的な面から検討することが必要である。   まずは基本ともいえる、ハナカマキリを含むカマキリの種全体の分子系統樹を確立するため、網羅的にカマキリのミトコンドリアDNAを解析することとする。これでハナカマキリの近縁種内での進化的位置が推測できる。そうした時に、ハナカマキリと、他の擬態を行うカマキリ・行わないカマキリもしくは進化的に近いカマキリとの相関関係を考慮して、ディファレンシャルディスプレイなどによりその遺伝子的な差異を求めることが出来るであろう。  遺伝子の発現に差異が見られたら、それがモデル生物にもあるかどうかを調べ、どのような役割かを推定できる。多くの場合、形態を左右する遺伝子は一つではなく、複数の遺伝子の相互作用であることから、この場合もホメオティック遺伝子のような遺伝子が複数種関わっている可能性がある。  その後モデル生物に過剰発現もしくは発現抑制をさせる形質転換体を作製し、表現型に異常が出るかを調べることが出来る。問題となる遺伝子が複数あった場合、二重変異を作製することでその相関関係を解析できるだろう。もしくはマイクロインジェクションによる形質転換がカマキリに有効であるならばトランスポゾンによってトランスジェニックカマキリを作製することも可能である。ここまでが遺伝子からのアプローチである。

 ところで、ハナカマキリをハナカマキリたらしめているその外見を見ると、まずその通常種にはない美しい色が目に付く。このクリーム色又は薄ピンクの色はどのようにして発現しているのだろうか。次にそうした視点からハナカマキリの擬態について研究することとする。  まず、その色素がどのような物質であるかを明らかにしたいので、まずは組織学的にどの組織で問題の色の元となる形質が発現しているかを調べ、次に表皮の組織に含まれる発色のもととなる物質を調べる。その物質がタンパク質ならばアミノ酸配列を決定した後遺伝子までさかのぼって調べることができるだろう。もしタンパク質でなく、アサガオの色のように細胞内pHによって制御される物質などであったとしたらそれを合成・蓄積するために必要な酵素タンパク質を探索する。また、何らかの新規遺伝子が得られた場合、それをショウジョウバエの系で試してみるのもいいかもしれない。

 ハナカマキリは不完全変態であることから脱皮により成長するが、そのステージによって体色が変化する。目安であるが、孵化後4週までは白色で、5週から8週まではクリーム・ピンク色、それ以後はピンクが濃くなる、といった変化があるようだ。体色が変化することはステージにあわせた擬態を行うという意味を含むと考えられ、これも擬態研究を行ううえで重要である。  この体色変化に発色物質や遺伝子発現がどのように関与しているかを、上述の実験結果から得られた 発色物質の知見と照らし合わせながら行うとする。ステージによる変化ということで、各種昆虫ホルモンとの関係も示唆されるであろう。その方面からの検定も意味をなすのではないだろうか。  また、通常種との発生時における差異をみるため、ハナカマキリの胚発生時にどのような現象が起きているかを観察することも可能であろう。

 これらの実験から少なくともハナカマキリの体色がどのようにして発現されているか、何に制御されているか、その相関系を示すことができ、またそれが進化的にいつ頃獲得されたものかを推定する材料も得られるのではないだろうか。  ハナカマキリという特殊な形質を持つ生物を分子生物学的に研究する場合、そのテクニカルな面での問題が数多くある。しかし今までで培われてきたモデル生物の系を部分的にも利用することでその欠点を補うことが出来ればハナカマキリの、ひいては擬態の研究も発展が見えてくるであろう。

 

 

特別賞: 黒澤 真理

課題: 出芽酵母には約2400、シアノバクテリアには約1500の機能未知遺伝子があります。これらの機能未知遺伝子の働きを明らかにする新しい方法を提案し、それによってどのような生命現象の理解が深まるかを考察しなさい。(生命応答システム分野)

: 本論文は、機能未知遺伝子の機能解明に関して新たな手法を提案している。提案された手法は、実現可能性が高いとはお世辞にも言えないが、極めて独創的であるので、プレスクール論文賞の性格に合致していると考え、推薦することとした。

(受賞レポート)

 出芽酵母、シアノバクテリアともに、全ゲノムのシークエンスが終了し、出芽酵母では約6200、シアノバクテリアでは約3000の遺伝子がコードされていることが知られている。これらの遺伝子の半数以上は、すでに機能が明らかにされているものの、機能のわかっていない遺伝子はまだまだ存在する。破壊株を作成できるにもかかわらず、その機能の解析が困難な理由として、全ての遺伝子破壊株の表現型が、野生株と顕著に異なるとは限らないことがあげられる。このことから、機能未知遺伝子の働きを明らかにする新しい方法として、破壊株と野生株の表現型の差を、これまでとは異なる方法で可視化できるスクリーニング系を開発する必要がある。このレポートでは、ストレスを与えた時の細胞表面からの発熱を検出、可視化することによって、細胞膜タンパク質との相互作用に欠損のある株をスクリーニングする方法を提案する。

 タンパク質間の相互作用も化学反応であり、熱発生を伴うであろうという発想から、細胞表面からの発熱が野生株と比べて少なければ、細胞膜タンパク質との相互作用になんらかの欠損のある株をスクリーニングできるであろうと考えた。熱分布を可視化するのによく知られている方法として、SARS対策で空港にも導入された赤外線サーモグラフィー(赤外線カメラ)がある。これは、物質の表面から放たれた赤外線を検出し、画像として可視化することで、物質の表面温度を検出できるシステムである。ただし、このシステムを細胞に使うには、まだまだ開発しなければならない点がある  まずはカメラのレンズの倍率を、顕微鏡なみに高くできるようにすることである。これまで市場にでている赤外線カメラの多くが、工業用設備の監視、食品、製品などの品質管理、ヒトの表面体温測定などに使われているため、最も小さい視野分解能でも、約10μmほどである。これでは小さい細胞の観察はできない。顕微鏡一体型の赤外線カメラを作成する必要がある  また、画素数を上げることも重要である。赤外線サーモグラフィーには、赤外線を受けると自由電子を発生するHgTdCgを含んだ画素が敷き詰められており、発生した電子の数によって1画素の色の濃さが変わるようなシステムになっている。これまでのサーモグラフィーは、256x256画素のものが多いが、最近のデジタルカメラのように数百万画素あれば、より局部的な熱の差も検出できるかもしれない。  そして最も重要なのは、最小温度分解能を高めることである。私が検索したところ、最も高性能なもので、最小温度分解能0.025℃以下であったが、生体内の反応における熱放出はそれよりはるかに微量であるので、もっと高度な分解能をもてるよう開発する必要がある。  また、in vivoで測定する際の培養液の赤外線吸収を無視できるような画像解析システムも構築しなければならない。さらに、数千の破壊株の全てを一回一回顕微鏡で測定するのは手間がかかるので、一度に複数のカメラによる測定ができ、かつその画像をまとめて解析できるようなシステム構築が求められる。  このような精巧なシステムを開発できたとして、次に重要なことは、スクリーニングを行う時の条件設定である。細胞は、ホメオスタシスを保つために常に外部との交換を行っており、細胞表面のタンパク質と他分子との相互作用は常に起きていると考えられる。そこで、このスクリーニングでは、細胞内で構成的に発現されている遺伝子ではなく、あるストレスを瞬時に与えた時に、早い段階で誘導される遺伝子をターゲットとする。ストレスを与えた後に限定された細胞膜タンパク質との相互作用が、時期特異的に発生する熱として観察されるような条件を探す。この条件でスクリーニングすることで、ストレス誘導性で発現される遺伝子群を単離することができるのではないかと考えられる。

 このスクリーニングをすることで、機能未知遺伝子破壊株を以下のようなカテゴリーに分けることができるだろう。まず1つ目は、野生株と比べてストレスを与えた後の発熱が全くなかった株。このカテゴリーに入った遺伝子は、細胞膜タンパク質との相互作用が遺伝子の欠損によりできなかったもの、もしくは、その遺伝子自体がストレス応答の時に重要な役割を果たす膜タンパク質をコードしていることが予想できる。前者か後者かは、その遺伝子の塩基配列により、タンパク質が膜タンパクかどうかを調べてみればよい。  2つ目のカテゴリーは、野生株と比べてストレスを与えた後の発熱が少なかった株。これには、細胞膜タンパク質との相互作用が遺伝子の欠損によりできなかったものが予想され、ストレス応答を促進させる制御因子であることが予想される。  3つ目のカテゴリーは、野生株と比べてストレスを与えた後の発熱が大きかった株。このカテゴリーに入った遺伝子は、ストレス応答を抑えている制御因子である可能性が考えられる。  4つ目のカテゴリーは、野生株の発熱と変わらなかった株。このカテゴリーに入った遺伝子は、そのストレスに対する膜タンパク質を介した反応の初期段階には関与している可能性が低いと考えられるであろう。  この系は、膜タンパク質を介したストレス応答に対する、初期のシグナル伝達系に関与する遺伝子を明らかにするのに有効な方法と考えられる。ストレスを介した結果、生理的機能に差が出るような変異株はこれまでにも多く単離されてきた。しかし、このシステムでは、ストレスを与えた後の瞬時の変化をin vivoで測定する。この方法によって、生理的機能に差が出ないまでも、ストレス誘導の初期段階で調節に働いているような、今までに知られていない遺伝子を単離できるかもしれない。