生命科学研究科 生命科学研究科 ― 東京大学大学院新領域創成科学研究科

平成20年度プレスクール論文賞論文

特別賞: 菊池 信介

課題: ABO血液型と性格類型に関係があるかないか、生物学的根拠を挙げて論説せよ。また、血液型による性格分類が何故日本では広く受け入れられているのか、その理由を考察せよ(人類進化システム分野 米田准教授)

: 本論文はABO式血液型と性格類型の関係について、性格について明確な定義を示した上で、赤血球表面の抗原が神経系に直接的に影響する可能性、両者が連鎖している可能性などを考慮し、さらに、環境要因が遺伝要因にあたえる影響を論理的に考察している。また、ABO式血液型による性格類型が日本で広く受け入れられている傾向を、日本型の教育システムとの関連で説得力をもつ議論を展開しており、全体のバランスも優れた論文であると評価できる。 (米田)

(受賞レポート)

 A型の人は神経質、B型の人はマイペース、O型の人はおおらか、AB型の人は変わり者。多少の差異はあるかもしれないが、多くの人がこのような血液型による性格分類を耳にしたことがあるのではないだろうか。日本においては、テレビ放送や雑誌、インターネットなどのマスメディアを通じてこのような血液型性格分類は実に広く知られており、あたかも「常識」のごとく扱われている。例えば、タレントやスポーツ選手のプロフィールに血液型が記載されていることは珍しくないし、もっと身近な場面では、新しい環境に際して自己紹介をする場で血液型を述べる人もいるだろう。これらのことは血液型性格分類が私達の生活に極自然に取り入れられていることを如実に示している。初めて会う相手に自分の血液型を教えるような人は、聞き手に何を期待しているのか。まさか「自分が大怪我をした時、適切な輸血を受けられるように血液型を周知させよう」というような思惑を抱いている人はいないだろう。自己紹介で自分の血液型も紹介する人は、聞き手が先に述べたような血液型性格分類に関する共通認識を当然持っており、血液型を述べることで自分のキャラクターを多少なりとも伝えることができると思っているのに違いないのである。信じているか否かは別として、実際に血液型性格分類について知っている人が多い日本では自己紹介の際に血液型を述べても特に奇異に感じることはないが、血液型性格分類がそれほど流布していない欧米では、病院以外の場所で初対面の人に自分の血液型を教えるようなことはまずしないだろう。このように私たちの生活に当然のように入り込んでいる血液型性格分類だが、そこに生物学的根拠はあるのか、また、何故日本ではかくも広く受け入れられているのだろうか。  「ABO血液型」と「性格」の間に繋がりがあるか否かを論じるには、まずそれぞれについて言及する必要がある。まず、ABO血液型についてだが、この血液型抗原は主として赤血球膜の糖脂質や糖タンパク質に発現している。簡単に述べれば、A型の赤血球表面にはA抗原が、B型にはB抗原が、AB型にはA抗原とB抗原の双方が存在し、O型の赤血球にはA抗原・B抗原共に存在していない、というように赤血球表面に存在する構造の異なる糖鎖によって血液型が決定されるのである1)。次に性格についてであるが、これを一義的に定義するのは難しいが、ここでは広義的に「感情、意志、行動などに現れるその人に固有の傾向」2)として捉えておけば十分であろう。ここで言う「固有の傾向」は生活の中のあらゆる場面で示され、当然「性格」とは複合的なものとなるので、生体内のどこの組織、あるいはどの物質がその人個人の性格を決定しているのかを指摘するのは不可能であろうが、思考、記憶、判断、感情、情意などの働きを統制している神経系の働きが性格に大きく影響しているのは間違いない。したがって、性格決定とはいかないまでも、ABO血液型によって性格分類が可能であるとすれば、ABO血液型抗原が神経系を構成するニューロンや神経線維、あるいは神経伝達物質に何らかの影響を与えているはずである。しかし、前述したように赤血球表面にある、ABO血液型抗原または血液型抗原に対する抗体が神経興奮、神経伝達に関与していることを示す有意な報告はないというのが現状である。ABO血液型抗原が直接神経系に影響を与えなくても、第9番染色体上のABO血液型を決定する遺伝子の近くに神経系をコードする遺伝子が存在し、それが連鎖して遺伝するとしたら結果的にABO血液型によって性格分類が可能になるだろうが、そのような連鎖も報告されていない。  欧米では “Nature vs Nurture”(生まれか育ちか)というフレーズで人格形成について長い間議論されてきたが、これに対してMatt Ridleyは“Nature via Nurture”(生まれは育ちを通して)という答えを提示した3)。遺伝子のどの部分が発現するかは環境によるので、遺伝子による「生まれ」は「育ち(環境)」抜きには語れないというのだ。NatureとNurtureのどちらも捨てることのないRidleyの意見は見方によれば何も答えを出していないように捉えられるかもしれないが、私は現実に即した実に的確な意見として受け止めている。  以上のことより、ABO血液型抗原が性格に寄与するような神経系に影響を与えるということはなく、ましてやABO血液型を決定する遺伝子そのものが「性格決定因子」ということもあり得ないと思うので、私はABO血液型によって説得力のある性格分類をすることは不可能であると考える。  これまで述べてきた理由のみでABO血液型による性格分類を100%否定できるとは思わないが、少なくともABO血液型によって性格を分類することができるということを示す科学的証拠、統計データが現時点で存在しないのは間違いない。それでは、そもそもこのような説はどこから来たのか。血液型性格分類が日本で広く知られることになったきっかけは、1970年前半に能見正比古によって著された血液型と気質に関する一連の出版物であると言われており、当時ベストセラーとなった『血液型人間学』4)は今でも多くの読者を獲得している。その後、商売に関して敏感な日本がここにマーケットを見出し、血液型性格分類を「商品」として扱った結果、爆発的に世間に広まったのだと思うが、世界の国々に比して、日本がこのような出所不明な説をかくもた易く受け入れてしまった背景には何があるのだろうか。  私は日本における教育の性質、いわゆる「詰め込み型教育」がその大きな要因であると考える。ここで私が言うのは、日本人が物事を深く考えず、言われたことを鵜呑みにする傾向があるから血液型性格分類も簡単に受け入れた、という単純な構図ではない。日本人が血液型性格分類をた易く受け入れた根底にあるものは、自分で考えることを放棄し、保障された結果を求めるような、詰め込み型教育システムによってもたらされた軟弱、臆病な思考であると考える。知識の中から答えを出すことに慣れ、何の保障もない未知のものを過度に恐れるようになった日本人は、未知の塊である「他人」を前にすると不安になり、恐れる。そこで、根拠はなくても「遺伝子によって決定される血液型によって、人の性格が分かる」という確かな理由と答えを与えてくれる「公式」に飛びつき、血液型によって人をカテゴライズして理解した気になり、安心を得ている側面があるのではないだろうか。例えば、自分と相性の悪い人に出会ったとき、その人本人に向き合うのではなく、「あの人はB型だから自分に合わない」というように抗いようのない明確に見える答えを用意して自分を納得させるのである。または「自分はA型だから他人より神経質なのは仕様がない」というように自己弁護の材料として用いる人もいるかもしれない。  もちろん血液型性格分類を受け入れるといっても、「12星座占いよりは3倍ほど当たる確率の高い占いである」という程度にしか信じていない人もたくさんいることだろう。しかし、ブラッドタイプハラスメントという単語まで生まれたように、疑似科学でしかない血液型性格分類が流布することによって、現実に不愉快な思いをしている人がいる以上、マスコミ関係者は己が社会に与える影響を再認識し、反省する必要がある。そして、科学者達は疑似科学が一人歩きしないよう、説明責任を果たしながら、健全に社会と科学の橋渡しをする努力しなくてはならない。

参考文献  1) 生化学辞典 第4版 東京化学同人  2) 明鏡国語辞典 大修館書店  3) やわらかな遺伝子 Matt Ridley 紀伊国屋書店(2004)  4) 血液型人間学 能見正比古 サンケイ出版(1973)

 

 

特別賞: 佐藤 亮子

課題: 実験材料はその研究の目的にあった生物を選ぶ必要がある。しかしながら多くの人が使っている実験生物を使っていても、なかなかオリジナルな発見をすることは難しい。そこで、モデル生物を使って実験をする際に注意すべきことを具体的な研究事例に基づいて述べよ。(生命応答システム分野 大矢教授、園池准教授)

: モデル生物と非モデル生物を使った研究のメリット、デメリットを上手にまとめており、モデル生物を使って研究する時に注意することをさまざまな生物を例にとって説明している。非モデル生物の例として、プレーリーハタネズミとサンガクハタネズミを上げている点が特に印象的で、特別賞に推薦する。(園池)

 (受賞レポート)

 私にとって衝撃的だった研究のひとつにYoungらによる「一夫一妻制を引き起こす遺伝子」というものがある。バソプレッシン受容体遺伝子(VlaR)上流のマイクロサテライトDNA配列の違いが、脳内における受容体分布の違いを引き起こし、ひいてはそれがオスのパートナーに対する行動に影響を及ぼす可能性があるという。「遺伝子の働きは社会行動にさえも影響を及ぼすのか!」という衝撃は勿論だが、さらに驚くべきことに、この研究は一夫一妻制をとるプレーリーハタネズミと、その近縁にも関わらず一夫多妻制をとるサンガクハタネズミという聞きなれない生物が実験材料として用いられたという。  本専攻の研究室で用いられる実験材料は、モデル生物・非モデル生物問わず、様々な研究材料が使われている。今回のプレスクールではこうした様々な研究室の方々から深い研究のお話しを伺える機会をいただいた。そうして得た知見も踏まえて、改めて実験材料の選び方について考察したい。  研究がよく蓄積しているモデル生物はすであらゆる実験手法が確立されており、抗体や専用の実験道具すら市販されていることもあるので、実験条件の検討に多くの労力を費やさなくてよい。他の研究の成果と合わせる事によってより興味深い研究成果が得られる可能性がある点も非常に魅力的である。特にゲノム解読が終った生物では、生命現象の原因遺伝子、その転写調節機構、関連する他の遺伝子を調べることによって、興味深い知見が次々にわかるので、1998年にC.eleganceのゲノム解読が終了して以来、遺伝学研究がゲノムの読まれた前者の生物で非常に盛んである。例えば2008年5月現在、2000年以降の論文を代表的な作物であるコムギをPubMedで検索すると、10622件がヒットするのに対し、シロイヌナズナでは18818件である。  以上のように、多くの人が研究することがアドバンテージになっているモデル生物だが、デメリットも存在する。ひとつは研究者同士の競争が激しく、先を越されてしまう心配があることだ。さらに、マウスを用いた脳科学など非常に競争が激しい分野になると、世界中の有能な研究者が日々知恵を絞っても解決しない問題ばかりが残されているという状態になる。こうした問題には、例えばMRIなどの新たな研究ツールの開発がブレイクスルーになるケースが多い。しかし、新しい研究ツールをいち早く導入するためには、膨大な研究資金や開発者とのコネクションが大事になってくるだろう。  また、代表的なツールの一つとして、遺伝子スクリーニングとそれを用いたバイオインフォマティクスが近年盛んになりつつある。うまくいけば、それが大本になって多数の研究成果が報告されることが期待できる。しかし、データ収集に膨大な時間と手間がかかることや、解析するにあたって不適当なデータの取り方をするとせっかく蓄積したデータが無駄になることがリスクとして挙げられる。つまり、スクリーニングを行う際は、プロジェクトを本格的に始動させる前に実験の系の検討をかなり厳密に行う必要があることを強く念頭に入れる必要がある。  モデル生物を使う上でもうひとつの重要な問題は、その生物の種特異的な特性に振り回されてしまうことだ。例えばシロイヌナズナは非常に規則的な発生様式を示すが、多くの植物はシロイヌナズナのようにはいかない。このようにモデル生物で得られた知見を、そのままあらゆる生物に共通する現象だと考えると、重大な過ちを犯してしまう可能性がある。よって、あらゆる生物種に通じる生命現象を知るためには、ある一種類の生物に囚われてはならないことを留意する必要がある。  最後に、モデル生物を実験材料として選ぶ際に最も注意しなければならないのが、研究目的に沿ってないのに、既に出されている研究成果の量で選びがちであるということだ。例えばかつての遺伝学では、モデル生物としてハトが採用されていた。品種改良が盛んに行われ、研究が蓄積されていたからである。しかし、遺伝学研究は世代交代時間が短い方が有利である。その後2週間で世代交代するショウジョウバエが実験材料として用いられて以降、両者の位置づけは完全に逆転しているのは明白である。  最終的な私の結論は課題の第一文に集約される。  「実験材料はその研究の目的にあった生物を選ぶ必要がある。」  研究手法や先行研究が確立されているからという理由でモデル生物を選んでも、研究の目的を達成するのに不適切な生物を選んでしまうと、かつてのハトのような失敗を起こしやすい。逆に先行研究が乏しく、実験方法の検討が大変だからといって、非モデル生物に手を出すのを恐れてはならない。冒頭に挙げたハタネズミのようなモデル生物にない特性を活かしたすばらしい研究もあるからだ。先に述べたとおり、ポストゲノム以降ゲノムを解読した生物と、そうでない生物での知見量の差は広がっている。しかし、遺伝子診断研究の需要から現在高性能・低コストのシークエンサーの開発が進められており、いずれはより短期間で知りたい生物種のゲノム解読を行えるようになるだろう。非モデル生物を用いた研究では、実験や飼育の条件検討は課題として残るだろうが、ポストゲノム以降にモデル生物の非モデル生物に対して広がったアドバンテージは、いずれ狭まっていくのではないかと私は考えている。

参考文献

 1) Young, L. J., Nilsen, R., Waymire, K. G., Macgregor, G. R. and Insel, T.R. (1999): Increasing affiliative response to vasopressin in mice expressing the V1a receptor from a monogamous vole. Nature 400,767-768.  2) Lim, M. M., Wang, Z., Olazabal1, D. E., Xianghui, R., Terwilliger, E. F. and Young, L. (2004): Enhanced partner preference in a promiscuous species by manipulating the expression of a single gene. Nature 429 , 755-757.  3) 養王田正文、登内未緒、稲恒美香、中村 伸 「次世代シークエンス技術の最新動向」  4) バイオテクノロジージャーナル 2007年11-12月号

 

 

特別賞: 佐藤 みちる

課題: ホタルなど、多くの生物が発光をする。環形動物の一種であるツバサゴカイも発光することが知られているが、ツバサゴカイが発光する生物学的意義はよくわかっていない。ツバサゴカイが発光することにどのような生物学的意味があるのか仮説を立て、それを検証する実験計画を立案せよ。(動物生殖システム分野課題 三谷教授、尾田講師)

: ツバサゴカイの発光をウミホタルの攻撃を避けるための擬態のためとする説は極めて独創的であり、かつ現実にあり得そうな魅力的な仮説であり、プレスクール論文特別賞に推薦する。その魅力的な仮説を検証するための実験計画を、より詳細により具体的に書き込めば、さらにすばらしい論文になったと思う。また、ツバサゴカイの発光という生物現象についてのより広い見地からの考察、そして自身が提案する仮説が真であった場合に考えられるその生物学的意義について、より広くかつ深く考察できれば、プレスクール論文優秀賞の候補となったであろう。(尾田)

(受賞レポート)

 発光する生物は意外なほど多く、生存のための戦略としてそれほど珍しいものではない。ホタルなどの昆虫は交尾の相手を呼ぶために、深海魚のチョウチンアンコウでは餌をおびき寄せるために、または敵の目を欺くために発光するといわれている。他にも菌類や原生生物などでも発光が見られている。それらは獲物の捕獲や逃げるときの目くらましとして光を使っていると考えられている。しかしツバサゴカイの発光の生物学的理由はわかっていない。  多くの発光生物を挙げていくと、ツバサゴカイと生息場所を同じ海中の浅瀬にしている発光生物としてウミホタルがいる。ウミホタルは太平洋上に生息する体長3ミリメートルの小さい生き物である。東京湾アクアラインの中間地点にあるパーキングエリアの名前にもなり有名となった。ミジンコのような形をした小さい生物ながら食欲は旺盛で肉を好み、ゴカイを襲って食べることもあるという。実際に水族館でもウミホタルの餌にゴカイを使っている所もある。  さらにこのウミホタルはツバサゴカイと生息場所を同じにしているだけでなく、似た様なぼわっとした青色の光を発する。ウミホタルは光に対し負の走光性があることが知られていて、これは仲間に危険を知らせる信号として役立っている。これらのことから、ツバサゴカイの発光はウミホタルを退けるための「擬態」なのではないかと考えた。ウミホタルの警戒の信号の光をツバサゴカイが真似て行うことでツバサゴカイはウミホタルを退けているのではないか。ツバサゴカイは物理的な刺激によって発光が起こる。ツバサゴカイの発光=擬態という仮説の元では、この物理的な刺激とはつまりウミホタルによる捕食である。  擬態もまたよく生物間に広まっている戦略である。周囲の環境に同化し敵から見えないようにしたり、他の生物になりすましたりなど、さまざまな擬態が知られている。例えば発光を使った擬態はまたホタルでも知られている。ホタルには発光を別のホタルに似せることで擬態し、仲間と見せかけて別のホタルをおびき寄せて餌とするという種も存在する。またこんな例は身近にも存在していた。人がカラスによる被害にあって困っていたとき、カラスの鳴き声の警戒音を録音して、その声をカラスに聞かせるとカラスは警戒し人を襲ってこなくなるという。この時の人はまさにツバサゴカイと同じ戦略を使っているのである。  このホタルのように餌を取るために発光を行う生物もよく知られている。ではツバサゴカイはどうかというと、棲管の中に水流を起こすことによって海水ごと栄養を取り込んでいる。このことから刺激なしに発光しないツバサゴカイが、餌をとるために発光するとは考えにくい。また、体の重要な部分を砂の中に埋めていて、棲管のみ海中に出しているツバサゴカイは定住型であり、動きはほとんどない。発光は、自ら動かずにウミホタルを追い払うツバサゴカイの生存戦略なのではないだろうか。  あるいはツバサゴカイが交尾の相手を探す目的で発光しているのではないか、とも考えられる。確かに同じ環形動物多毛類のシリス科で生殖のために発光すると考えられている生物が見つかっている。しかしシリス科と異なっているのは、ツバサゴカイは定住型であり遊泳しないことである。生殖を目的とする発光は、光を求めて移動する手段がないと意味がなく、ツバサゴカイには当てはまらないと考える。  ツバサゴカイの擬態仮説を検証する実験方法として以下2つの点に着目した。第一に、ツバサゴカイとウミホタルの生態である。二者を同時に入れることでどのような挙動を示すのか観察したい。ツバサゴカイの刺激に対する応答性を調べたい。つまり小さなウミホタルの攻撃と同じ程度の刺激を与えることで発光が起こるか、ということを調べればツバサゴカイが発光する理由がわかるのではないだろうか。もしツバサゴカイがウミホタルがつつく程度の刺激で発光し、その発光でウミホタルが逃げ出せば、擬態仮説の証明となるだろう。また成体のツバサゴカイは定住型だが、幼生は遊泳型である。もし幼生でも発光が起こっていれば生殖と発光は関わりがないと言えるだろう。また発光が起こっていないとすれば、遊泳によりウミホタルから逃げることが可能であるために発光する必要がないのだろうと考えられる。  第二に、その発光に関わる遺伝子を調べてみたい。擬態仮説の元ではウミホタルよりツバサゴカイのほうが発光する形質を進化的に遅く獲得しているはずである。また両者の発光にかかわる遺伝子を比較して似ているのであれば、これはウミホタルの遺伝子を取り込んだという、多細胞生物では珍しい水平伝播の可能性を示唆してくれるかもしれない。ツバサゴカイは卵や精子を水中に散布し受精する。海中に漂う受精卵がフリーDNAを取り込むことによって新たな形質を獲得することがあったのかもしれない。  まとめると、私はツバサゴカイの発光を自らは動かずに敵を追い払うという戦略だと考えた。その検証へのアプローチとしてツバサゴカイとウミホタル二者の関係を観察すること、進化的な視点から遺伝子を探ることが挙げられる。そうすれば今後ツバサゴカイの研究は新たな生存戦略に関する知識を与えてくれるだろう。

 参考文献 

 1) 動物系統分類学6  中山書店 24~83項 監修 内田享  2) 擬態 自然も嘘をつく  230~234項 平凡社 W.ヴィックラー 羽田節子・訳  3) 擬態 だましあいの進化論2  85~124項 築地書館 上田恵介  4) ウミホタルショー実行委員会  http://www.umihotaru.jp/    

 

 

特別賞: 早川 豪人

課題: ホタルなど、多くの生物が発光をする。環形動物の一種であるツバサゴカイも発光することが知られているが、ツバサゴカイが発光する生物学的意義はよくわかっていない。ツバサゴカイが発光することにどのような生物学的意味があるのか仮説を立て、それを検証する実験計画を立案せよ。(動物生殖システム分野課題 三谷教授、尾田講師)

評: 自らに有利となる共生ガニを誘引するためにツバサゴカイが発光するとする説は独創的であり、その魅力的な仮説を検証するための実験計画を詳細かつ具体的に記述しており、プレスクール論文特別賞に推薦する。カニとツバサゴカイの共生について英文の原著論文を参考にしているが、今後も原著論文を深く正確に読み込み、それをもとに論理的に思考する努力を続けて欲しい。また、ツバサゴカイが発光するという生物現象について広い見地からの生物学的考察、そして自身が提案する仮説が真であった場合に考えられるその生物学的意義についての考察をより広く展開すれば、プレスクール論文優秀賞の候補となったであろう。(尾田)

(受賞レポート)

 ツバサゴカイ(Chaetopterus variopedatus)は環形動門ゴカイ網ツバサゴカイ目ツバサゴカイ科に属する生き物である。潮間帯から浅海の砂泥底に広く棲息し、砂泥中に棲管と呼ばれる丈夫な膜で構成されたU字状の長い管を作りその中で暮らしている。この棲管にはPinnixa chaetopterana、Polyonyx gibbesi、ラスバンマメガニ(Pinnixa rathbuni)、オオヨコナガピンノ(Tritodynamia rathbuni)などのカニ類が共生している。この生物は形態に特徴があり、非常に異なっている形をした前、中、後体部の3部にわかれた体をもつ。餌を採取するときは、“ツバサ”の様な形状をした中体部にある足をなびかせることによって棲管内で水流をおこし、網のような形状をした頭部で水の流れで吸い寄せられたプランクトンを餌取している。  この棲管という閉塞された環境中で一生のほとんどを過ごす生物が、なぜ発光する能力をもつのだろうか?  この問題に対して私は一つの仮説を立てた。それは、「発光によって共生関係にあるカニを棲管におびき寄せる」というものである。まずこの仮説をたてた背景について簡単に述べる。Pinnixa chaetopteranaまたはPolyonyx gibbesiなどのカニが共生している棲管に住むツバサゴカイは、水流を活発に行いより多くの餌を餌取することができるため、カニが共生していないものと比べて体長が大きくなる可能性を示唆した報告があった。そこで私は、ツバサゴカイは生存をより有利にするために発光によって共生関係にあるカニを誘導しているのではないかと考えた。  この仮説を実証するために具体的な実験計画を記述するが、その前に実験に使用するカニと道具について説明する。  まず実験に使用するカニはPolyonyx gibbesiを選ぶ。これはPolyonyx gibbesiが共生したツバサゴカイの方がPinnixa chaetopteranaが共生したものよりも大きくなる傾向があると報告されているため、Polyonyx gibbesiの方が誘導されやすく実験結果が明瞭になると考えたからである。また、実験室内でツバサゴカイを飼育するため、棲管を模したプラスチック製の全長50cm程度の透明なU字管を用意する。より実物に近づけるため入り口と出口の穴をカニが通れる程度に狭めた構造にするが、ツバサゴカイを管の中に入れるために出口付近の管を取り外し可能にし、ツバサゴカイを入れた後にねじ式で出口の管を装着し完全に密閉状態にする。これは、接合部分からツバサゴカイが起こす水流が漏れることを防ぐとともに、U字管内でツバサゴカイとPolyonyx gibbesiがどのような挙動を示すのかを観察しやすくするためである。  次に具体的な実験計画について記述する。まず、ツバサゴカイが発光することによってカニが棲管へと誘導されるか確認するため、発光能力を失ったツバサゴカイを作製して比較する。発光しないツバサゴカイは、マイクロインジェクションによって発光遺伝子をノックダウンすることによって作成する。そして、野生型のツバサゴカイと変異型のツバサゴカイをそれぞれ入れたプラスチック製の管を砂泥中に埋めて、この水槽内にPolyonyx gibbesiのオスとメスをそれぞれ2匹ずつ入れて1晩放置する。翌日、管を引き上げどちらのツバサゴカイの入った管にカニが多く侵入しているか検討する。この操作を繰り返し、データーが有意なものであるかを検討する。発光する野生型のツバサゴカイに有意に多くカニが観測されたならば、発光がカニを誘導する1つの要因であることを強く支持する結果となる。野生型と変異体との間に有意な差が見られなければ、発光はカニの誘導とは関連が少ないことになる。  さらに、発光そのものがカニを誘導する要因であるかを検証するための実験を3つ行う。(1)一方の管の中にはツバサゴカイをいれ、もう一方の管のなかにはツバサゴカイの水流と同じ水圧を再現するためのモーターと、ツバサゴカイと同じ光波長の光源を入れる。そしてカニがどちらの管に多く侵入するかを確認する。ここで有意な差が認められなければ、ツバサゴカイによらずに発光と水流さえあればカニを誘導することが可能であると推測される。(2)次にモーターと光源の両方を入れた管と、モーターのみを入れた管を用いてカニの誘導実験を行う。ここでモーターと光源の両方を入れた管に有意に多くカニが侵入していれば、対流が存在する環境下では光が存在するところにカニは誘導されることを示す。(3)最後にモーターと光源両方を入れた管と、光源のみを入れた管を用いてカニの誘導実験を行う。もし、二つの管の間に侵入したカニの個体数に有意な差が認められなければ、光のみでもカニを誘導することが可能であることを実証する。しかしながら、水流が起こることで管内の水が循環され、カニの餌となるプランクトンなどが常に供給される環境になるので、カニはモーターと光源の両方が入った管に好んで侵入するのではないかと私は思う。それ故、(3)の実験では「モーターと光源両方を入れた管と、光源のみを入れた管でカニの侵入数に有意な差はない」、という理想的な結果は得にくいと推測される。  ところで、発光によってカニを誘導することが可能であるという結果が得られたと仮定して、この誘導はツバサゴカイ特有の波長領域によるものなのか、それとも“光るだけ”でカニを誘導することができるのか、という疑問が浮かび上がる。そこで、もう一つの実験として、ツバサゴカイ特有の波長領域以外の波長領域をもつ発光生物の発光遺伝子を導入した場合、ツバサゴカイ由来の発光と同程度にカニを誘導することができるのか、ということを検証する実験を行う。  まず、ツバサゴカイがもつ波長領域とは異なる波長領域をもつ遺伝子をマイクロインジェクションを用いて形質転換する。次に、野生型のツバサゴカイと、作製した変異型をそれぞれ管にいれ、Polyonyx gibbesiのオスとメスをそれぞれ2匹ずついれて先程述べた実験と同様の方法でカニの誘導実験を行う。野生型のツバサゴカイが入った管に有意にカニが多く侵入していれば、ツバサゴカイ固有の光波長がカニを誘導することを示す。一方、野生型と変異型との間に有意な差がないと判断された場合、特定の波長領域によらず“光”そのものがカニを誘導する原因であることが示唆される。  海洋生物の中には発光能力を保持するものが数多く存在する。しかしながら、なぜ発光能力を持っているのかについて詳細に解明されていない。今回私が述べたように、海洋生物は発光を用いて同一種同士だけでなく異なる生物種間でも情報伝達を行っていると考えられる。また、仮に宿主の発光波長を感知して特定の生物種が誘導されるのであれば、宿主の発光遺伝子とその波長を感知する生物の受容体遺伝子を調べ、他の組み合わせについても同様の遺伝子を網羅的に解析することで、発光する生物とそれを感知する側の間でどのような進化が起きたのかを遺伝子レベルで追求することが可能ではないかと私は思う。

参考文献

 1)  内田 享, 動物系統分類学 6, 中山書店  2)  http://www.biodic.go.jp/reports2/parts/6th/6_higata19/6_higata19_06.pdf  3)  Petersen, M. E. and T. A. Britayev, 1997. A new genus and species of polynoid scaleworm commensal with Chaetopterus appendiculatus Grube from the Banda Sea (Annelida: Polychaeta), with a review of commensals of Chaetopteridae. Bull. Mar. Sci., 60: 261-276  4)  Grove, M.G., Finelli, C.M., Wethey, D.S., and Woodin, S.A., 2000. The effect of symbiotic crabs on the pumping activity and growth rates of Chaetopterus variopedatus. J. Exp. Mar. Biol. Ecol. 246, 31-52  5)  Grove, M.G., and Woodin, S.A.,1996. Conspecific recognition and host choice in a pea crab, Pinnixa chaetopterana. Biol. Bull. 190, 359-366

 

審査委員: 鈴木、小嶋、米田、園池、尾田