生命科学研究科 生命科学研究科 ― 東京大学大学院新領域創成科学研究科

平成21年度プレスクール論文賞論文

優秀賞 寺内 謙太

課題: 「進化系統樹によれば,動物の進化の頂点には哺乳類と昆虫類が位置する.一方は脊椎動物の頂点であり,他方は無脊椎動物の頂点に立つ.これらの動物群の反映の方向性とその理由についてそれぞれ比較しつつ論じなさい.(応用生物資源学分野 野田教授・高橋准教授)

: 脊椎動物と無脊椎動物の特徴を,地史的な観点に遡り繁栄の方向性を分かり易く説明している.ここで述べられている内容は,必ずしも新しいものではなく,これまでも先人によって多方面から論議されてきていることがベースとなっている.しかし,本課題を大変うまく説明しており,脊椎動物と無脊椎動物の現在ある姿を理解する上で有益な記述となっている.(野田)

(受賞レポート)

 昆虫は地上に存在する生物種の80%以上を占める生物種であり,種の多様性という点でもっとも繁栄している動物種である.一方で,哺乳類は種類の多さでは圧倒的に昆虫に負けるものの,地球上の大半の場所に適応し生息していることから、昆虫と同様に繁栄をきわめている動物種といえる.昆虫はデボン紀(約4億年前)に,哺乳類は三畳紀の後期(約2億5千万年前)にそれぞれあらわれたことが化石記録からわかっている.しかし,この2つのグループの根幹にある無脊椎動物と脊椎動物がそれぞれ分化したのはカンブリア紀である.まずはこの分岐点を見ることで,2つの種がどのような戦略をとり,繁栄の方向性を決定していったのか考えてみたい.  カンブリア紀は生物種の大幅な増加がみられた時期である.この時期にはほぼすべての生物は海中で暮らしており,大型の節足動物であるアノマロカリス類が捕食者として君臨していた.これらの捕食者から身を守るため,この時期の生物は硬い鎧のような外殻や危険を察知するための多くの眼を持つことで,繁栄を勝ち得ていた.しかし,ここでみられた節足動物で昆虫につながるものはなく,アシュアイアと呼ばれるカギムシ状の生き物がその祖先になったと考えられている.一方で,脊椎動物の先祖となる脊索動物ピカイアもこの時期に現れた.しかしながら,ピカイアはナメクジウオのような姿をしていたため,節足動物に比べ捕食者からの攻撃には無防備であり,繁栄を勝ち得ることはできなかった.脊索動物は繁栄こそしなかったものの,その骨格を内部にもつという脊椎動物の構図はこの時期に獲得された.  両者にとって繁栄の方向性を決める決定的なイベントとして考えられるのは,陸地への進出である.水中で働く浮力がなくなった陸上で「いかにして自身の体を支えるか?」,また「どのようにして酸素を効率的に体内に取り込むか?」という2点が問題になった.1点目に関しては,昆虫をはじめとする節足動物が外殻をもち,脊椎動物が硬骨を体内にもつことで体を支えることに成功した.硬質な外殻をもつことは外敵からの攻撃から身を守ることに非常に有用な手段であったが,浮力を失った陸上では外殻自体の重さが体の大型化の妨げになってしまった.2点目である「いかにして酸素を体内に取り込むか?」であるが,私はこの点が2者の繁栄の方向性を強く決定づけたと考えている.2点目を言い換えると,「いかにして空気を体内に運び」,「どのようにして全身の組織に酸素をいきわたらせるか?」ということである.まず昆虫は気門から空気を取り入れ,体内に張り巡らされた気管を通じて体内に空気を送り届ける.昆虫は開放血管系であるため,気管から取り込まれた酸素は組織液によって直接組織に運搬される.その一方で,哺乳類をはじめとする脊椎動物は全身にはりめぐらされた血管を通じて細部まで血液を運び, 最終的に組織液によって各細胞に酸素を運搬する閉鎖血管系をとっている. 先に挙げた開放血管系は直接的に組織に酸素を運搬できるため、体中に効率よく酸素を行き渡らすことができるシステムであるが, 直接組織に気管を使って送るゆえに体を大型化することができないという特徴をもっている. 現存する昆虫が大きくても15cmほどしかないのはこのためである. かつて石炭紀には翼長およそ60㎝, 体長70㎝もある巨大トンボ・メガネウラや,体長2mあったといわれる巨大ムカデ・アースロプレウラが存在していた.これは石炭紀の酸素濃度が31~35%もあったため, 現在よりも容易に体内の組織に酸素を運搬できたからであると考えられている.一方で脊椎動物がとった戦略は肺呼吸と閉鎖血管系であり,これにより体が大きくなっても発達した心臓と隅々まで張り巡らされた血管により酸素を確実に各組織に運搬することができた.この結果の最たるものが恐竜の出現である.恐竜の中でも竜脚類と呼ばれた一群はひときわ体が大きく,体長が40mを超えるようなものまで存在したといわれている.この呼吸・血管系・骨格の選択が各々にもたらした体の小型化と大型化は,2つのグループに更なる繁栄の道を示すことになった.  体の大型化は寿命の延長・被捕食率の低下をもたらしたと考えられるが,もっとも重要な点は恒温性の獲得であると私は考える.脊椎動物は体が大型化することで体内の温度が一定に保ちやすくなり,活発に活動ができる状態を維持しやすくなった.この恒温性を獲得した脊椎動物が哺乳類(のちに鳥類)である.哺乳類が現れた三畳紀は恐竜が地上を支配していたが,この恒温性により爬虫類が活動できない夜を活動の場とできた.中世代は白亜紀の終わりに大量絶滅がおこり幕を閉じたが,地上から大型爬虫類がいなくなったことで,恐竜の占めていたニッチを埋めるべく哺乳類は適応放散し,現在の繁栄を勝ち得た.これは恒温性をもつことで周りの環境に左右されにくく,多くの環境に適応できたためだと考えられる.  一方で昆虫類は自身の体を大型化することができず,脊椎動物に比べて寿命も短かった.しかしながら,この「短命」こそが繁栄の鍵であった.哺乳類は恒温性を獲得することで様々な環境に適応するという道を選んだが,昆虫類は生活環を短くすることで,多くの変異を生み出し多様な環境に適応するという選択を行った.多様な種・形質がでやすい一例としてオオルリオサムシを挙げたいと思う.オサムシの仲間は飛翔能力がないため,川といった小さな隔たりでも地理的な隔離が起きてしまう.オオルリオサムシは北海道に生息する固有種であるが,川や山などの隔たりにより個体群が変わると,外翅の色と模様に多様な変異があることで有名であり,その色の変異の幅も黒色から緑色・赤などとても広くなっている.このように昆虫は些細な地理的な隔離で形質が変わるほど多様化しやすい生物種であり,これにより様々な環境に適応したと考えられる.  以上のように,哺乳類は恒常性により体内環境を一定にすることで様々な環境に適応し,昆虫類は自身を積極的に変えることで環境にあった種を生み出した.このように両者ともに現在の地球で繁栄を勝ち得ているが,それぞれがとった繁栄への戦略は全く正反対のものであったと結論付けることができる.この議論を通して,昆虫の短命という性質は個々の個体には不利に感じられるが,種全体としては有利に働いており,種が進化する単位の長い年月で見ると,どの形質が有利に働くかということは断定できないということがわかるであろう.

<参考文献> ・ワンダフル・ライフ(ハヤカワ文庫) ・地球を支配した恐竜と巨大生物たち(日経サイエンス) ・Giant Bugs a Thing of the Past, Study Suggests http://news.nationalgeographic.com/news/2007/07/070730-giant-insects.html ・地球大進化(NHK)    第3回 大海からの離脱 そして手が生まれた   第4回 大量絶滅 巨大噴火がほ乳類を生んだ ・オオルリオサムシ http://www.k3.dion.ne.jp/~gecko/zukan/photo/02a/ooruriosamusi.htm

 

 

優秀賞: 溝口 喬之

課題: 人を祖先として空をとぶ生物が進化した場合、その生物はどのような構造的特徴と生理学的特徴を獲得することが必要か。また、そうした変化が生じるにはどのような遺伝子の機能変化が必要か。生物学的に論ぜよ。 (動物生殖システム分野 三谷教授)

: ヒトが飛ぶためにどのような「羽」が必要であり、そのためにはどのような遺伝子機能変化が必要かの議論にとどまらず、飛ぶために必要な「羽」以外の生理的機能の変化に関する考察と生態学的な考察までも広く議論が展開されており、かつ論理的な文章である。論文賞に推薦する。(三谷)

(受賞レポート) 

 空を飛ぶ生物を考えたときすぐに思い浮かぶのは鳥や昆虫だろう。カラスやスズメが飛んでいる様は日常の光景であり、トンボやチョウを、網をもって追い掛け回した記憶は誰しも有するのではないだろうか。他方、鳥や昆虫の仲間以外にも空を飛ぶ生物はいる。例えば、爬虫類ではトビトカゲが腹部の飛膜を使って滑空するし、哺乳類ではコウモリが自在に空を飛び、ムササビ、ヒヨケザルは木々の間を滑空する。変わったところでは、魚類であるトビウオや軟体動物であるトビイカも海中から飛び出し水面を飛行する。これらの生物の飛び方は、自らの翼や翅を動かして飛ぶ方法と飛膜などを広げることで風を捉え滑空する方法の二つに大きく分けられ、昆虫では主として前者の方法で、ムササビやトビウオなどは後者の方法で、鳥類は両者を組み合わせて飛行している。鳥類においては、この二つの飛び方のどちらに比重をおくかは、その体重によって決まることが知られている。体重が重くなればなるほど羽ばたくのに必要なエネルギーは増加するため、大型の鳥は主に滑空を利用し羽ばたき回数を減らしている(1)。では、ヒトを祖先とする空を飛ぶ生物(以下、「トビヒト」と呼ぶ)はどのような方法で空を飛ぶのであろうか。鳥に見られる体重と飛行方法の関係を参考にするとトビヒトは滑空をとることになるだろう。  飛行方法として滑空を前提とするとトビヒトはどのような形態を有するのであろうか。生物の形態が進化するとき、その構造はどうしても祖先種の構造によって制約をうけるため、その点を十分に考慮して検討する必要がある。まず、飛行器官については、ムササビに見られるような四肢の隙間を埋めるような膜を有する場合 (以下、「飛膜型」と呼ぶ)とコウモリや鳥のように翼状の構造を有する場合(以下、「翼型」と呼ぶ)が考えられる。そして、翼型の場合、ヒトの前肢つまり腕及び手がコウモリのように翼となるケースと、最初に腕の構造が2倍加することで4本腕となり、そのうちの一組が翼となるケースが考えられる。まったく新規に翼状の構造を獲得するケースも考えられるが、筋肉、骨、神経との関連性、及び進化の過程ではこの構造は無用の長物であることを考えると可能性は低い。  トビヒトの飛行器官が飛膜型、翼型のいずれであれ、体の軽量化は避けられないだろう。アホウドリは約10㎏の体重に対して約3.5メートルの翼開長があり、絶滅したプテラノドン属の一種では化石からの推定体重18㎏に対し翼開長が約8メートルもあった(2)。これらの例をあげるまでもなくハンググライダーの大きさを考えれば、現在のヒトの体重で滑空を行うにはかなり大きな飛行器官が必要なことがわかる。地上における移動では邪魔ものでしかないそのような飛行器官を小さくするためには体を軽量化する必要があり、骨は鳥類で見られるように中空構造をとるかもしれない。体の軽量化は飛行だけではなく着地の衝撃を減らすうえでも必要である。また、着地の衝撃に耐えるために脚が太く短くなると考えられる。 続いて、トビヒトが有する生理学的特徴について検討する。既に述べたが、飛行のためには軽量化が重要な鍵となるため生理的な変化もこれを満たす方向で起こるに違いない。ヒトは一度の食事でかなりの量の食べ物を摂取することができるが、これは急激な体重の増加となるため飛行にとって障害となる。このため、トビヒトでは少量の食物を高頻度で摂取し、順次それを排泄するスタイルになると考える。食いだめの必要が無くなるため、胃は小さくなり腸も小型化すると考える。また、排泄方法にも変化が生じるかもしれない。鳥類では、窒素を尿酸のかたちで排泄しており、これは閉鎖卵内での発生に由来すると考えられているが(3)、窒素代謝に必要な水分摂取を回避できるため軽量化にも役立っている。ヒトは窒素代謝において主に尿素を生成するが、トビヒトでは尿酸主体の代謝に移行するかもしれない。  では、以上のような変化が起こるためにはどのような遺伝子の変化が必要なのであろうか。脊椎動物の四肢は胚発生時に形成される前後2対の肢芽から生じる。肢芽の形成は側板中胚葉の予定肢芽領域で特異的に発現する遺伝子fgf-10によって誘導され、Hox遺伝子をはじめとする特異的な遺伝子群が発現することでそのパターン形成がなされる。肢芽形成が起こる胚上の特定の領域でfgf10が発現する仕組みはまだ解明されていないが、胚の前後軸に沿ったHox遺伝子の発現と関係していると考えられている(4)。したがって、翼型4本腕タイプのトビヒトが生まれるためには、もう一組余分の前部肢芽の形成が必要であるため、側板中胚葉においてfgf10遺伝子が異所的に余分に発現するような遺伝子の変化が必要である。さらに、前肢が翼状の形状を獲得するためには、前肢で発現する各Hox遺伝子の発現領域が拡大したり、縮小したりすることでその下流で働く遺伝子群の発現パターンにも変化が起こり、これにしたがって骨格構造の変化が起こると考える。これは飛行器官だけではなく、軽量化に伴う全身の骨格構造の変化にも同様のことがいえる。また、翼型、飛膜型のいずれについても表皮の拡大が必須となるが、これには表皮の増殖に関与する遺伝子が部位特異的に強く発現するように変化することが必要であり、同時に特定の領域でアポトーシスが抑制されるような遺伝子の変化が必要となるかもしれない。  これまで検討してきたトビヒトの構造的、生理学的特徴は飛行という側面から考えられるものである。しかしながら、トビヒトがヒトから自然選択によって生まれてくると考えると、ヒトが有する特長やそれに基づく生活も考慮にいれてトビヒトの特徴を考えるべきである。まず、ヒトの特長として高い知能とそれを支える大きな脳が挙げられる。このヒトの最大の武器を放棄するとは考えられないため、軽量化との関係からトビヒトは頭でっかちな形態をとるだろう。手についても同様である。ヒトの生活は他の動物には見られない手先の器用さによって支えられている。これを失うことは競争力の低下を招く。したがって、2本腕の翼型タイプは生き残らないであろう。4本腕の翼型タイプは手が自由に使えるという点では優れているが、6本肢の脊椎動物はこれまで見つかっていないこと、遺伝子の変化の規模が大きいこと、腕が一組増加することで体重の増加につながること、及び、出現初期においては社会生活上の困難が予想されることからこのタイプのトビヒトが生まれる可能性もほとんどない。一方、飛膜型の場合、骨格、筋肉、神経系に大きな変化は必要なく、腕及び手の使用も十分可能である。さらに、翼型4本腕タイプで起こるであろう突如とした形態の変化は起こらず、徐々に形態が変化していくことが可能なため社会許容性が高いと考えられる。したがって、トビヒトの飛行器官は飛膜型になると考える。  以上、ヒトを祖先とする生物であるトビヒトについて述べてきたが、その出現の可能性は低いだろう。他の生物からの襲撃を逃れるためであれば武器を、移動するためならば自動車や飛行機を使うことができるヒトにとって飛行能力の獲得は環境への適応性という点で優位性をもたない。万が一トビヒトのような生物が生まれたときには、その環境は現代のヒトにとっては非常に厳しい環境となっていることだろう。

<参考文献> (1),( 2), T. A. McMahonほか著、木村武二ほか訳、『生物の大きさとかたち-サイズの生物学-』、東京化学同人 ( 2000 ) . (3), 八杉龍一ほか編、『岩波 生物学辞典 第4版』、岩波書店 ( 1997 ). (4). 浅島誠編、『ボディープランと器官形成』、東京化学同人 ( 2001 ).

 

審査委員: 宇垣、山本、青木、小嶋、尾田